大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和36年(う)1467号 判決

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

たゞし本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用中、証人小林軍治、同安藤健作(第一回)、同長岡仁一郎(第一回)に支給した分は被告人と原審相被告人中村和作、同近藤敏直との連帯負担とし、証人加藤博之、同石黒正英、同近藤重蔵に支給した分及び当審における訴訟費用は被告人の単独負担とする。

原判決第二の(一)の、被告人が新潟県南蒲原郡今町町長として同町の工場請負契約の締結、金銭出納等の権限を有する服部宣明と共謀の上、右服部において昭和二九年一一月一八日頃新潟市下大川通一番町万代橋ホテルで、被告人を介し、土木請負業を営む三和工営株式会社の取締役社長である原審相被告人中村和作から、今町中学校体育館の新設工事を総工費約一〇、〇〇〇、〇〇〇円で同社に随意契約で請負わせることの請託を受け、その謝礼で供与されるものであることを知りながら現金一〇〇、〇〇〇円の交付を受け、右服部の職務に関して賄賂を収受したとの点は、公訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人田中正名、同中村泰治共同作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、こゝにこれを引用し、これに対しつぎのとおり判断する。

まず職権により被告人に対する原判示第二(一)のの事実につき考察すると、原判決は、被告人が新潟県南蒲原郡今町町長として同町の工事請負契約の締結、金銭出納命令等の権限を有する服部宣明と共謀の上、右服部において昭和二九年一一月一八日新潟市下大川前通一番町万代橋ホテルで、被告人を介し、土木建築請負業を営む三和工営株式会社の取締役社長である原審相被告人中村和作から、今町中学校体育館の新設工事を、総工費約一〇、〇〇〇、〇〇〇円の三割程度の前渡金を出すなどの条件で、同社に随意契約で請け負わせることの請託を受け、その謝礼の趣旨で供与されるものであることを諒知しなが、現金一〇〇、〇〇〇円の交付を受け、以て右服部宣明の職務に関し賄賂を収受した旨の事実を認定し、これを刑法第六五条第一項第一九七条第六〇条の罪に該当するとし、その余の原判示犯罪事実と併合罪の関係にあるものとして処断していることは判文上明らかであるが、被告人に対し右事実につき検察官から公訴の提起その他審判の請求がなされたことは、記録上認めることができない。それゆえ、原審は審判の請求を受けない事件につき判決をする違法を犯したものという外ななく、前示のとおりこの事実を被告人に関する他の原判示犯罪事実と併合罪の関係にあるとして処断している以上、原判決は既にこの点において被告人に関する部分の全部について破棄を免れない。

なお、所論は原判決がその第二(二)(三)のの事実につき収賄罪の共同正犯の成立を認めたのは事実の誤認であると主張しているので、この点についても考察するに、原判決挙示の証拠その他一件記録並びに当審における事実取調の結果によるも原判示のように、被告人が服部宣明と共謀の上、公務員である同人の職務に関し賄賂を収受した事実はこれを認めるに足りずかえつて右証拠によれば被告人はかねて劇団文学座を新潟市に招致して上演させようと画策し、さそのギヤランテイ資金二二〇、〇〇〇円の融通方を自己の遠縁に当る前記中村和作に申し入れたところ、同人かう三和工営のために適当な工事の請負先を紹介斡旋してくれれば出金する旨の諒解を得たが他方前記今町中学校体育館新設の計画があることを聞知したので、同町長とも親しい間柄であつたところから、両者の間を斡旋し、同会社をして右工事を有利な条件で請け負わせることにより、右中村から所要資金の融通を受けようと企てたこと、そして被告人は右中村和作に対し同会社が右工事を請け負うためには、同町長に金員を供与すべきことを慫慂した結果、原審相被告人近藤敏直、長岡仁一郎ら同会社幹部とも右金員を共謀の上、昭和二九年一一月二五日頃右工事を三和工営をして随意契約により、しかも総工費約一〇、〇〇〇円の三割程度の前渡金を支払うなどの条件で請け負わせる旨の仮契約書を取り交わすに至らしめ、同日新潟市西堀前通二番町の同社事務所から同市上大川前通五番町料亭生粋へ赴く自動車内で同町長に対し、その職務に関し、右仮契約締結に対する謝礼として中村和作から受け取つた現金三〇〇、〇〇〇円を手交したこと、ついで同町長からさらに謝礼金三〇〇、〇〇〇円の追加要求を受け、中村和作はこれに難色を示したが、被告人は同人らに対し右金員を供与しても、同会社で右工事を請け負うことの得策である旨を説いて、同社内で協議の末その供与を決定したこと、そして同年一二月七日頃同社事務所で前同様の条件をもつて右工事請負の本契約を締結した際中村和作をして同町長に対しその職務に関し本契約を締結してくれたことの謝礼として現金三〇〇、〇〇〇円を交付させたことが認められる。

これによつてみれば、被告人は原判示のように今町町長服部宣明と共謀の上同町長の職務に関して賄賂金合計六〇〇、〇〇〇円を収受したものではなく、中村和作のため三和工営の利を図り、同人から所要の演劇上演のギヤランテイ資金の融通を受ける意図のもとに、主としての同人側に立つて服部との間を斡旋し、前記工事請負契約を締結させるかたわら、中村和作らを慫慂してこれに伴う前記謝礼金(賄賂)の供与を協議決定してこれが交付をさせたもの。すなわち中村和作らと共謀の上服部宣明に対し右賄賂金を供与したものと解するのが相当であり、被告人が原判示第二の(二)の三〇〇、〇〇〇円のうち二〇〇、〇〇円を服部から受取つたのも、前記証拠によれば、三和工営で前渡金を受け取らないうちは、中村和作としても被告人に融通することは困難であり、かつ被告人は服部と親しいため同人から借用したものとみるべきであり、原判決が前記事実を服部宣明との共謀による収賄罪と認定し、かつ被告人からその分配領得した金額相当の金員を追徴すべきものとしたのは事実を誤認したものであり、それが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決はこの点においても破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三九七条に則り原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法第四〇〇条但書により更に判決する。

なお、被告人を服部宣明と共謀して収賄したものとする公訴事実は証拠に照らしこれを認め難いこと、前段において説明したとおりであるので、左の判決は、当審において検察官が予備的に追加した増賄の共同正犯とする訴因に基き判決したものである。

(罪となるべき事実)

被告人は土木請負業を営む三和工営株式会社の取締役社長である原審相被告人中村和作と共謀の上、新潟県南蒲原郡今町町長として同町のため工事請負契約の締結、金銭出納命令等の権限を有する服部宣明に対し、その職務に関し、右会社が今町中学校体育館新設工事を随意契約によりかつ総工費約一〇、〇〇〇、〇〇〇円の三割程度の前渡金の支払を受けるなどの条件で請け負う旨の契約を締結するにつき、同人が便宜の取計いをしてくれたことの謝礼として金員を供与しようと企て、

(一)  昭和二九年一一月二五日頃、新潟市西掘前二番町にある右会社事務所から同市上大川前通五番町料亭生粋へ赴く自動車内で同人に対し右工事請負の仮契約をしてくれたことの謝礼として、現金三〇、〇〇〇円を交付し、

(二)  同年一二月七日頃右会社事務所で、同人に対し、右工事請負の本契約を締結してくれたことの謝礼として、現金三〇〇、〇〇〇円を交付し、

もつて右服部宣明の職務に関し賄賂を供与したものである。

(証拠の標目)

原判決挙示の原判示冒頭及び第二の事実に対する各証拠と同一であるから、その記載をこゝに引用する。

(法令の適用)

被告人の判示各所為はそれぞれ刑法第一九八条(第一九七条第一項)罰金等臨時措置法第二条第一項第三条第一項第一号刑法第六〇条に該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文第一〇条に則り犯情の重い判示(一)の罪の刑につき法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役六月に処し、情状により同法第二五条第一項第一号を適用して本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、刑事訴訟第一八一条第一項本文、第一八二条により原審における訴訟費用中証人小林軍治、同安藤健作(第一回)、同長岡仁一郎(第一回)に支給した分は被告人と原審相被告人中村和作、同近藤敏直との連帯負担とし、証人加藤博元、同石黒正英、同近藤重蔵に支給した分及び当審における訴訟費用は被告人の単独負担とする。

なお主文第四項記載の事実は原判決第二の(一)において、罪となるべき事実として認定されているのであるが、この事実については、公訴の提起その他審判の請求があつたことを認め得ないところ、原審が事件の実体にふれて審理判決した結果、被告人の控訴申立により当審に事実上繋属するに至つたのであるが、この点については適法な公訴がなかつたことに帰するから、刑事訴訟法第三三八条第四号に則り公訴を棄却することとする。

よつて主文のとおり判決する。

裁判長判事 加納駿平

判事 河本文夫

判事 太田夏生

控訴趣意書

弁護人田中正名外一名の控訴趣意

第一点 原判決は被告に対する法律の適用も事実の認定も非常に誤つて居る。結局事実の再訊問を為して被告に対して無罪の判決を得たいのが本趣意書の趣旨であります。

(一) 原判決は被告人桑山亀三郎は服部宣明と共謀の上

(イ) 服部宣明は同年十一月十八日頃、同市下大川前通一番町万代ホテルで被告人桑山亀三郎を介し被告人中村和作から判示第一の(一)の趣旨で供与されるものであることを諒知しながら、現金十万円の交付を受け、

(ロ) 服部宣明は同年十一月二十五日頃、前記会社事務所から前掲生粋へ赴く自動車内で、被告人桑山亀三郎を介し被告人中村和作から判示第一の(三)の趣旨で供与されるものであることを諒知しながら現金三十万円の交付を受け、

(ハ) 服部宣明は同年十二月七日前記会社事務所で被告人近藤敏直から判示第一の(三)の趣旨で供与されるものであることを諒知しながら現金三十万円の供与を受け、

以て服部宣明の職務に関し賄賂を収受し

と判示して居るが、

被告人は収賄に関し服部宣明と共謀した事実は判示の証拠を以てしては認め難い。

本来被告人の立場は被告等の会社と服部との間の好意的連絡斡旋を為したと見るのが正しい見方であつて強いて云ふなら服部への贈賄の共犯とするならまだ筋が通るが服部と共謀して収賄したと断ずるのは事実の曲解である。

本件の起訴及公判調書による検察官の釈明によると、被告人は、公務員たる資格はないが公務員たる身分あるものの犯行に加工したものとして起訴したものであつて服部と共同正犯であり、金円の交付は服部と分割したから金円の交付を受けることになるのだと釈明してる(第一回公判調書)。公務員たる身分のないものだが、公務員たる資格ある者の職務権限行為よりのみ生ずる収賄行為に加工したからと云ふて共同正犯だと云ふのもおかしいが収受した金円を分割受領したから正犯であり共犯であると云ふのもおかしい。

殊に本件(イ)の万付ホテルの十万円の交付の如きは服部に提供した事実はあつても服部が受取つて居らず、被告人桑山は贈賄者側に直に之を返戻せむとし改めて贈賄者側から桑山個人が貰つたか借りたかしたのが証拠上明である。則ち検事第一回聴取書には、

最初万代ホテルで中村君から服部君に渡してくれといふて新聞紙に包んだ千円札の十万円を受取りこれを服部君に渡そうとした処が、他人の居る所で金の受け渡しは困ると云はれ受取らなかつた為めその翌日小林デパートの映画館の側にあつた喫茶部で中村君に事情を話して返そうとしたが一旦出た金だからと云ふて私によこしました。云々

とあり、中村和作検事聴取書及服部宣明も同趣旨の聴取書がある。殊に服部は、更に多額の要求を為す下心あつた為か否かは別として、一つは三和工営と云ふ会社がどの程度しつかりした会社だか確信がなかつたので、俺は社会党から町長に出ているのだから受取れない、云ふて受取らなかつたとあり、被告人が服部と共謀して収賄したとは云い難きものである。

(ニ) 被告人桑山が本件に介在するに到つたのも証拠に散見する如く被告人中村和作と親戚関係にある所より桑山の公判調書にある如く、中村さんと私とは親戚づき合ひをして居た程親しいのですが一緒に食事をした時「二十万円程貸せないか、長い間の私の計劃だつたのだが三月頃演劇を上演したいから」と云ふたことは、三和工営と云ふ会社を作つた、君は顔が広いから手伝つてくれ、と云はれましたとある如く被告桑山は中村和作又は三和工営から二十万位の金を借る正当の理由あり工事の斡旋をすれば一千万の工事だからリベート云々を出さずとも二十万や三十万は斡旋料として貰い得る正当な権利も事由もあるのである。

被告人は三和工営又は中村和作から金を借りる権利も筋合もあると共に服部宣明からも金を借りる因縁も理由も持って居る。

公判に於ける被告人供述は次の如く述べて居る。

問、被告人と服部との間に金の貸借関係はあるか。

答、私が十二万円借りたことがあります。

然しそれは昭和三十年六月までと云ふことになつていますので其時以来少しづゝ返済しています。

桑山被告人は服部側と中村側双方の仕事の仲介だから、相当な金額を双方から斡旋料として貰つても決して不合理でも不都合でもない。たゞその額が世間の業界の常識とか経済社会の通念に外れて居る時だけ疑を受くる余地があるが本件の如く一千万と云ふ工事の仲介に三四十万の金を借りたとて貰つたとて被告人に刑事責任を負はず筋合のものではないと思ふ。仕事の仲介斡旋には多大の暇と時間の浪費と、電話とか汽車賃とか宿泊の費用とか相当な失費を要するのは当然で双方からいくら貰ふとの約束のない本件に於て被告がそう過当でない金を借りたり貰つたりしても日常の出来事として看過し得べきものと信ずる。

にも拘らず服部と共謀して収賄したと云ふハツキリした意思連絡の証拠もないのに之を収賄の共犯なりと断じた原審は事実認定に重大な過誤を犯して居るものと云はねばならぬ。

第二点 本件は本来服部宣明被告の詐欺行為を以て断ずるのが事件の真相を把握したものであり、犯罪の糺明として正しいものと思惟する。

服部被告の行状並現に今町収入役等より告訴されてる等の事実及現に姿を隠してる事情等より見て果して服部自身に三和工営に仕事を請負はす意思と用意と在つたかどうか充分の疑問が存する。彼は町会議員の過半数を味方としてるワンマンだから今町の建築工事の如きは意のまゝになると豪語しては居るが、今町役場総務課長小林軍治は警察の供述調書に於て、服部町長が議会にも図らず単独で三和工営と云ふ会社と屋体の新築請負契約をしたと云ふ事は私個人として考へると其手続上に於て違法だと思ひますし契約は無効だと思ふ。と述べて居るし、工事の前渡金を与へるとか保証金の必要はない。と云ふ如く巧に相手を騙してリベートの詐取を企てたのではないかとの疑問を抱かせるに充分な証拠がある。服部を詐欺として起訴すべかりしか、判決をすべかりしかは別問題としても服部の犯行の本質が詐欺であるとすると本件被告人等の大部分の起訴も処断も異なつて来るのは当然であつて桑山被告人に於て其罰せらるべきもの仮にありとしても詐欺の意思連絡ありとは証拠上認め難いから横領とか何とか別の罪名で処断するなり防禦方法は別の立論をせねばならぬが、これを収賄の共犯として片つけた原判決は事案の真相を無視したか又は理論を特に弄んだものと云はざるを得ぬ。

第三点 本件被告人の金銭授受の行為は結局相被告中村和作より金を借りたのである。之は被告が原審公判で陳弁すると共に中村和作も原審公判廷で左の如く陳述している(第十二回公判調書)。

問、昭和二十九年十一月十二日頃万代橋ホテルで十万円桑山に渡したことあるか。

答、あります。

問、その金の趣旨は

答、桑山さんに対する御礼です。(中略)

答、私に返そうとしたので「君にやつた金だから君が取つたギヤラの金にすればよい」と云ふて受取りませんでした。(中略)

答、会社の経営状態を町長に説明したら納得しました。また金の話を桑山さんと話しましたが其金は桑山個人にやるのです。

とある如く贈賄側としては桑山個人に出す意思であつた。勿論工事請負の話がなければ金を出す機会もなかつたかも知れるが、而しそれだからと云ふて之を収賄の共犯だと断定するには理論も連絡もない筈である。

或は桑山被告の行為は収賄でなく贈賄の共犯で処断すべきでないかとの疑も本件には研究の余地は充分あると思ふ。

訴因や罰条の通りに判断せねばならぬか否かには学説や判例で色々議論はあるとしても要は犯罪事件の真相の正鵠な判断が一番被告に利益なことで弁護人も是を希ふのである。逃走してる服部も其うちには姿を現はすと思ふから彼を法廷に呼んで被告桑山との関係を詳述せしめた後、被告に正当な事実と法律の適用を賜はらむことを切望致して控訴の趣旨と致します。

参照

原審判決の主文及び理由

主文

一、被告人桑山亀三郎を懲役八月に被告人中村和作を懲役四月に被告人近藤敏直、同中村彰男をおのおの懲役三月に処する。

二、但し各被告人に対し、本判決確定の日からそれぞれ二年間右刑の執行を猶予する。

三、被告人桑山亀三郎から三十万円を追徴する。

四、訴訟費用中証人小林軍治、同安藤健作(第一回)、同長岡仁一郎(同)に支給した分は被告人中村和作、同近藤敏直、同桑山亀三郎の連帯負担とし、証人安藤健作(第二回)に支給した分は被告人近藤敏直、同中村和作の連帯負担とし、証人清水正三、同長岡仁一郎(第二回)に支給した分は被告人中村彰男の、証人加藤博元、同石黒正英、同早津半治郎に支給した分は被告人桑山亀三郎の、証人高橋鋼吉、長沢昭二に支給した分は被告人中村和作の各負担とする。

五、本件公訴事実中、被告人中村彰男が被告人中村和作、同近藤敏直と共謀の上、(一)昭和二十九年十一月十八日頃、新潟市下大川前通一番町万代橋ホテルで現金十万円を、(二)同月二十五日同市内の自動車内で現金三十万円を、(三)同年十二月七日判示会社で現金三十万円を判示服部宣明に提供又は交付して同人の職務に関し贈賄したとの点はいずれも無罪。

理由

(罪となる事実)

三和工営株式会社は、土木建築請負を目的として昭和二十九年十一月上旬頃、資本金百万円で被告人中村和作、同近藤敏直等により設立されたもので、新潟市西掘前通二番町に事務所を置き、被告人中村和作は取締役社長、同近藤敏直は専務取締役、長岡仁一郎は常務取締役に就任したのである。設立後間もなく同年十一月中旬頃、被告人中村和作は、ラジオ新潟編成局長をしている被告人桑山亀三郎から、同人と懇の間柄にある新潟県南蒲原郡今町々長として、同町の工事の請負契約の締結、金銭出納命令等の権限を有する服部宣明が、今町中学校体育館を新設する意図を持つている旨を聞知し同工事を前記会社に請負わせて貰おうと考え

第一、被告人中村和作、同近藤敏直は長岡仁一郎と共謀の上

(一) 昭和二十九年十一月十八日頃、新潟市下大川前通一番町万代橋ホテルで、被告人中村和作は被告人桑山亀三郎を介して服部宣明に対し、前記体育館の工事を総工費約一千万円の三割程度の前渡金を出すなどの条件で、前記三和工営株式会社に随意契約で請負わしめんことを請託し、その謝礼の趣旨で現金十万円を交付し

(二) 同年十一月二十五日頃、右会社事務所から同市上大川前通五番町料亭生粋へ赴く自動車で、被告人中村和作は被告人桑山亀三郎を介して服部宣明に、右と同趣旨の下に現金三十万円を交付し

(三) 同年十二月七日、右会社事務所で、被告人近藤敏直は服部宣明に対し、前記体育館の工事を右会社と随意契約したことに対する謝礼の趣旨で、現金三十万円を交付し

以て服部宣明の職務に関し賄賂を供与し

第二、被告人桑山亀三郎は服部宣明と共謀の上

(一) 服部宣明は同年十一月十八日頃、同市下大川前通一番町万代橋ホテルで、被告人桑山亀三郎を介し被告人中村和作から判示第一の(一)の趣旨で供与されるものであることを諒知しながら、現金十万円の交付を受け

(二) 服部宣明は同年十一月二十五日頃、前記会社事務所から前掲生粋へ赴く自動車内で、被告人桑山亀三郎を介し被告人中村和作から判示第一の(二)の趣旨で供与されるものであることを諒知しながら、現金三十万円の交付を受け

(三) 服部宣明は同年十二月七日前記会社事務所で、被告人近藤敏直から判示第一の(三)の趣旨で供与されるものであることを諒知しながら現金三十万円の供与を受け

以て服部宣明の職務に関し賄賂を収受し

第三、被告人中村彰男は、一級建築士で、前記三和工営株式会社が今町中学体育館の新設工事を請負うや、被告人中村和作、同近藤敏直等の委嘱を受けてその設計をしたものであるが、その後右工事を長岡市表町土木建築請負業渡長建設株式会社に引受けしめんとし、服部宣明と共謀の上、昭和二十九年十二月二十九日長岡市東千手町二千二百二十一番地料理屋香雪こと八百板イト方で、同会社々長渡辺正二に対し、前記体育館の新築工事を右会社に請負わしめるよう特別の便宜を与える旨暗示し、これに対する謝礼の趣旨で服部宣明に五十万円の交付方を要求し、翌三十日国鉄信越線見付駅附近の列車内で右渡辺正二の使用人松島善治郎を介して渡辺正二から服部宣明の職務に関し賄賂を収受し

たものである。

(証拠)《省略》

(法令の適用)

被告人中村和作、同近藤敏直の判示第一の各所為は刑法第百九十八条第六十条に、被告人桑山亀三郎の判示第二の各所為並に被告人中村彰男の判示第三の所為はいずれも公務員たる服部宣明と共謀して収賄行為をしたものであるから右両被告人には公務員たる身分はないが同法第六十五条第一項により同法第百九十七条第六十条を適用して処断することとし、被告人中村和作、同近藤敏直についてはいずれも懲役刑を選択し、尚被告人中村和作、同近藤敏直、桑山亀三郎の判示所為は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文第十条によりそれぞれ犯情の最も重い被告人中村和作。同近藤敏直については判示第一の(二)の罪の刑に、被告人桑山亀三郎については判示第二の(三)の罪の刑に各法定の加重をした刑期範囲内で被告人桑山亀三郎を懲役八月に、被告人中村和作を懲役四月に、被告人近藤敏直及び同中村彰男をおのおの懲役三月に処し、各被告人に対し犯情に鑑み同法二十五条第一号により本判決確定の日からそれぞれ二年間右刑の執行を猶予し、被告人桑山亀三郎が収受した金員はこれを没収することができないから同法第百九十七条ノ四によりその価格を追徴することとし、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条、第百八十二条により主文第四項の如くその負担を定めて主文の如く判決する。

(被告人中村彰男に対する無罪の理由)

本件公訴事実中、被告人中村彰男が被告人中村和作、同近藤敏直と共謀の上一、昭和二十九年十一月十八日頃、新潟市下大川前通一番町万代橋ホテルで、被告人桑山亀三郎を介して新潟県南蒲原郡今町々長として同町の工事の請負契約の締結、金銭出納命令等の権限を有する服部宣明に対し、今町中学校体育館の新設工事を判示三和工営株式会社に随意契約で請負わしめんことを請託し、これに対する謝礼の趣旨で現金十万円を提供し、二、同年十一月二十五日頃、同市西掘前通二番町の右会社から同市上大川前通五番町料亭生粋へ赴く自動車内で被告人中村和作から被告人桑山亀三郎を介して服部宣明に対し右と同趣旨で現金三十万円を交付し、三、同年十二月七日右会社で、被告人近藤敏直から服部宣明に対し、前記体育館の工事を随意契約したことに対する謝礼の趣旨で現金三十万円を交付してそれぞれ服部宣明の職務に関して賄賂を供与したとの事実については被告人中村彰男は三和工営株式会社が判示今町中学校体育館の新設工事を請負うに当り、同会社からその設計方を委嘱されて設計図の作成等をした関係上、被告人中村和作、同近藤敏直等から服部宣明に贈与する判示金員を請負金額から捻出し得るや否やの諮問を受けるや被告人中村彰男は技術者としての立場からこれに対し専門的な意見を述べたに過ぎないのであつてこの所為を目して被告人中村和作等と共謀したものと評価することはできない。従つて被告人中村彰男の右各所為は罪とならないので刑事訴訟法第三百三十六条により無罪の言渡をなすべきものとする。

昭和三十一年八月二日

新潟地方裁判所

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例